戦争と聞けば学校でよく習うことだと思いますが、我々は幸いなことにその惨禍さを目の当たりにすることなくその有様淡々と伝えられるという奇妙な状態にあるわけです。
画像はWar Thunder(ゲーム)のss
戦争に負けるということはその国のあり様が大きく変わってしまうことは当たり前なのですが、我が国ではポーランドの独・露、やナ〇ス・ドイツの米・露の戦後の分割統治のような状態でもなく、完全な植民地になることもない良いとか悪いとか置いておいて比較的”まし”な戦後を送れたと思っております
占領されましたけどね。今もアメリカべったり(助けて三島先生!)
その時代を肌身で感じていないと気が緩んでしまいがち
ただ先人の努力や犠牲を礎に我々の生(せい)が築けていると思うと胸が痛い
Jアラートが鳴っても国家領域に必ずミサイルが落ちてくるわけでないのがイスラエルとは違う日本国ではありますがいつか何か起こるのではないかと日本男児としては思う今日この頃
のうのうと生きていていいのかなぁ…
昔の私はかなり過激な右派的な思想がありましたが(中学生あたりなので特殊な中二病ということで笑)、高校あたりからだいぶ落ち着きまして今に至ります。
あの時は風呂場で高らかに軍歌歌ってましたからね。
今でも歌えないことはないですけれど。
でも軍歌は悪くないのです。歌詞の内容を聞いていただければ必ずではないにせよ「戦友を思う」とか「故郷を思う」とかもありますから、
軍歌を悪いというのは国歌を「戦争を思い出す」とか言ってイキってるのと同じことです。一種の歌文化のですからこれは押さえておいていただきたい。
とりわけ私が単純に右派だったかというとそうではなく、もともと兵器が好きでそこから戦争の思想的な領域に突入してそれからの話が軍歌なんですよね
すなわちエセ右派、なので今はこじらせてない
私の根本にある兵器好きの話をしましょうか
兵器と聞くとやれ「人殺しの道具」とかやれ「一大ビジネスだ」とか言いますが、私は単純に”機能美”と思って見ていました。
戦うためのデザインではあるのですが、それにしては美しすぎるし、何より無駄がない
それがとても好きだったんですよね
それに兵器の製造で各国が競争しなければ、現代のテクノロジーが今よりずっと遅れていたと思いますし、技術面からみれば現代までの戦争は技術進歩の歴史でもあるわけです
これからは核の抑止力ばかりなので恐ろしいですが、例のウイルスは戦略兵器なのか?
そういえば大和ミュージアムに大和の主砲を削り出したとかいう旋盤が移設展示されるそうですね。良く残っていましたね。大和の主砲はもはやオーパーツと聞いていたのですが実は作れるのでは?()
広島には大和ミュージアム、原爆ドーム、てつのくじら館とか呉海上自衛隊の体験乗船とかに行ったのでなじみ深い
一番最初に行ったのがちょうど『男たちの大和』の撮影セットが展示されているときでした。艦橋が途中でなく主砲の砲がなかったりと残念がった記憶があります(笑)
写真も撮っているのですが、何せ家族旅行で行ったので写真データが私の手元にない(汗)
ブログに乗せれない!!
ちなみに大和ミュージアムには2回行きました。距離は遠いですがね
原爆ドームは人が多すぎて展示品が全く見えないという無念
だいぶ広島原爆から話がそれていますが、現代人にとっては当時を振り返ることが大事だと考えています。
祖父が亡くなったとき法事に来てくださったお坊さんが言ってらっしゃいました。
「思いだしてあげることが最大の供養」であると
76年前の今日8時15分、当時を受け止めることができなくても、目にすることができなくても知ることで思い返すこと学ぶことで思い返せるなら、きっかけは何でもいいと思うのです
それがたとえ”兵器”であってもね
今日は 黙とう しましょうよ。
続編の8月9日長崎の日の記事です
ブログの広告外せなくて申し訳ないです…
引用サイト一覧
〇大和主砲旋盤CF
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2108/04/news152.html (最終閲覧日2021/08/06)
https://yamato-museum.com/ (最終閲覧日2021/08/06)
https://hiroshima-navi.or.jp/post/006276.html (最終閲覧日2021/08/06)
〇てつのくじら館
https://www.jmsdf-kure-museum.go.jp/ (最終閲覧日2021/08/06)
〇『男たちの大和』ロケセット
http://www.vspg.net/museum-pg/yamato-1-1set.html (最終閲覧日2021/08/06)